幸い今日は日曜日。
我が家では各々が勝手に起きて活動、ってカンジになっている。
流石に同じ食卓を囲む度胸は無い。
その辺も考えての行動だったんだろうか?女はわからん。
「あれーリンはー?今日買い物に付き合えって言ってなかったっけ?」
「まだ起きてないみたいー」
女どもの声を無視して、牛乳瓶とコッペパンを確保するとそのまま家を後にした。
なんとなく、居辛かった。
……リン、泣いてたよなぁ。
ホントにこっちだって我慢してるのになぁ。
何かが変わってしまうのが怖い、って言ったほうがいいのか。
やっぱチキンなんだろう、俺が。情け無い。
女にあそこまでさせておいて。自己嫌悪にも陥るわ。
拒むよりも拒まれた方が凹むよな。どうしよう。
自分がこのまま成長しない、ってのが一番のネック。
リンと大して体格差もないし、兄貴達みたいに(それなりに)しっかりした体でもない。
だからといって待っていたところで何も変化は無いんだもんな。
感情、もしくは衝動に任せて俺が抱いてしまっていいものなのか?
それがリンの望んでいることだとしても。
川原の土手に座り込み、やっと朝飯。
「ったく、どうしよう。このままじゃ家に帰れねぇよなぁー」
ホントに。今後の方針を立てないことにはどうにもならない。
リンが何事も無かったかのように振舞ってくれるのなら……
いや、それは何の解決にもなってないよな。
パンを牛乳で流し込むと、そのままひっくり返って空を眺める。
「責任者出て来いーーー!!感情なんてめんどくせー物プログラムすんな!!」
雲に向かってそんな事を呟いたところで返事があるわけ……って。
「おぉ、レン殿ではないか?」
うわ、紫侍だ。しかも紫のジャージ姿だ。日曜の朝にジョギングか。
「どうしたのだ、えらく悩んでおる様に聞こえたのだが」
……今の、聞かれてたのかよ。最悪だ。相談…いや、無理だろ。
「リン殿の事で悩んでおるのではないのか?」
ちょ!何こいつ、エスパー?
「いやー、先日『好きな男の子オトすにはどうすればいい?!』って訊かれてのう…」
「何か変なこと吹き込んだんじゃないの?!」
「い、いや、『自分の気持ちに素直になるのが一番』、とだけ言っておいたのだが!
色々技術的なことを訊いてきたが、それは流石に言えまいて!」
うわぁ、方々に問題発言振りまいてるのかよ!
「…神威さん、ナニ訊かれたんすか?」
「うぬぅ、リン殿の口から出た言葉とは……と、かなり凹んだとだけ言っておく…」
遠い目をしてるよ!やべぇ、こりゃますますやべぇ!!
「…答え方に問題があったのだろうか。少し位なら相談に乗れるかも知れない。
というか、拙者のせいで拗れたのかと思うとなんとも……」
色々斜め上だけど、割と考え方はまともなんだよなぁ、この人は。
バカイト兄よりはずっと頼りになりそうだ。程よい距離もあるし。
「ぶっちゃけ。今朝寝込みを襲われた」
「…素直と言えば素直には違い無いのだが……そうきたか……!」
「俺、必死で拒んだんだ。何か、受け入れたらダメな気がして。
でもそのせいでリンを傷つけた……」
暴発したのは情けが無いので言わなかった。
「誠にリン殿の事が好きなのだな、レン殿は」
「ん…そりゃまあね」
「大事過ぎて、そこから先に進めぬ、と言った所か……」
確かにその通りかもしれない。
辛い思いをさせるのも、性欲の捌け口にしてしまう可能性も、考えたくない。
「ただ、その行為自体そんなに罪深く感じる必要もないと思うのだが?」
うん、そりゃわかってるんだけど。
「人間を模して我々が作られた、って所から付きまとう問題だと思うのだが。
そもそも生物ではないのだから、繁殖する必要も無いわけではないか。
だからこそ意味合いというものが判らなくなるというのも道理かもしれぬな」
「性別さえも声で決められてるんだもんなー。そりゃ意味もわからなくなるかも。
俺らの場合なんか、その辺の境目さえも微妙なカンジだから余計にさ」
……こんな事、他人に話すのは初めてだ。
話したところでわかってもらえるなんて思った事は無かったから。
やっぱこの人はなんか不思議だ。
「現実問題として、二人の関係が変わってしまったのは事実であろう?
それが一方的にリン殿が望んだのだとしても。
あとはどう受け止めてどう返すかはレン殿次第ではないか」
「……やっぱり俺が肝を据えなきゃいけないのかなぁ」
「それこそ『自分の気持ちに素直になるのが一番』だと思うのだが…」
「うん……」
沈黙が訪れる。そして、甲高い声が響き渡る。
小学生が河原で野球を始めたらしい。
いつの間にかかなり時間が経っていたのだろう。
どうしたものか…。
完全に自分の世界に入り込んでた俺に、神威さんは話しかけてきた。
「そうだ。哲学者の話でこんなものがあったはずだ。
男女というのは元々一つのものだったが、神の怒りに触れ別々の体になった。
在りし日を懐かしみ、自分の半身を恋い慕うようになった、という話だ。
お主らはまさにその通りなのではないか?生い立ちからして」
そして、笑顔でこう続けた。
「何と言うかだな、もう少し、自分の事を信じても良いのではないか?」
なんだろう。その一言で視界がパッとひらけたような気がした。
「ありがと、神威さん。なんか覚悟が出来たカンジだよ」
「それならば良かった」
居ても立ってもいられなくなった。今すぐリンに会いに行こう。
「んじゃ、俺行く……いやいやいや、ちょっと待って!」
我が家の状況は恐らく変わっていない、もしくは姉達が間に入って更にややこしく…
「ごめん、ちょっと家には帰れないかも…しばらく匿ってもらってもいい?」
「今、女達の城に乗り込んでいくのは命知らずかも知れぬな。
まぁ我が家でデータベースでも見て、知識を蓄えておけ」
なんて面倒見のいい人なんだ!人の情けに触れて泣きそうだよ。義だよ義。
「で。神威さんたちはどんなカンジなの?」
「流石に講釈垂れた後では、自分達の事は言えぬなあ……」
バツの悪そうな顔で言う様子を見て、思わず吹き出してしまった。
そっか、この人も同じなのか、なんてちょっと安心した。