「……もーーーーー!!遅ーーーーーーい!」
土曜日の夜。いや、もう空が白んできている。
初音ミクは家主のいない部屋で、壁に掛かったゼンマイ仕掛けの時計を見上げる。
神威がくぽはここの所忙しいらしい。
マスターが自宅にいる間ずっと起動しているのだ。
それ自体はボーカロイドとして喜ばしいことなのだが、
PC内の住人のライフスタイルがある程度固定化していたところに、突然の集中起動。
そして、起動させたままで当のマスターはPCの前で朝まで爆睡。生産性などありはしない。
強いて言うなら、常に待機しているがくぽ、きちんと布団に入らないマスター、
双方の疲労だけが蓄積されていく、と言う結果。
「マスターのばかあ……折角のお休みなのにー」
曜日設定は同じ。週末に調教が集中してしまうのは週末休みのマスターにとって当然の事。
いつも週末はがくぽ宅にて過ごす、と言うのがすっかり定番になっていた彼女にとって、
今回のがくぽの抜擢は、手放しでは喜べないのが正直なところだ。
「ずるいよー、もう。私も歌いたいよー……」
マスターとがくぽのどちらに対する嫉妬なのかさえわからない言葉をつぶやきながら、
ミクは突っ伏した。
つけっぱなしのストリーミングを消し、諦めて眠ってしまおう、としたそのとき。
目の前の携帯にメールが入った。
遅くなってすまぬ。今から帰る。
ミクは携帯を握り締めて立ち上がると、返信メールではなく通話を試みた。
出てよ!お願い!!
『もしもし?どうしたのだ?すぐ着くというのに』
最新機種ほどの容量も無く、大して複雑でもないこのPCの中の移動にさほどの時間はかからない。
それでも。
『今行くから!待ってて!!一緒にいたいの!』
『うぬ、わかった。温かい格好をしてくるのだぞ?』
こうなってしまうと、ミクの勢いをとめることが出来ない、とがくぽは知っていた。
もうこの時間なら心配も無いだろう。
そして、会いたいと言う気持ちはがくぽも一緒だったのだから。
スタジオの前で立ち尽くすこと数分。緑の髪の少女が駆け寄ってくる。
「がくぽさん、お疲れ様ー!!」
「待たせてしまってすまなかったな」
「ううん!帰ろう?」
さっきの切羽詰った通話から一転。ミクはすっかりご満悦の様子。
腕を絡ませるとその身を寄せ、薄明るい空の下二人は歩き出した。
「えへへー。朝帰りー♪」
「んー、それは意味が違うと思うが」
「いいんですー、早朝デート!公園寄って行こう?」
朝の公園。まだ人影は無い。
「あんまりこうやって歩き回ったこと、無いですよね?」
そう言われればそうだ、とがくぽは思い返してみた。
基本的に自宅と仕事の往復のみ。行動範囲の狭い生活をしていた。
外へ出ても庭と畑で済んでしまう。
それはそれで不自由は無いのだが、考えてみると面白味が無さ過ぎる。
「ならばこの録音が終わったら、遠く……海が見える所などどうだ?」
「うん!行こう!!」
自動販売機で暖かいコーヒーとカフェオレを買い、ベンチに腰をかける。
「お、ふきのとうが出ておるではないか。もう春か……」
「この公園、桜がきれいなんですよ?みんなで花見しようね?」
「うぬ……」
まったりとしていたら、撃退していたはずの睡魔が再びがくぽを襲う。
「ミク殿……膝枕……」
「風邪ひいちゃいますよ!急いで帰ろう?」
「5分だけ……。帰って寝たら10時間は起きぬ……」
確かに。それは嫌だ。
寝付いてしまうとなかなか目を覚まさないがくぽを幾度と無く目の当たりにしていたミクは、
仕方ないなぁ、とカフェオレを傍らに置き腿を提供する。
心地の良い重みが掛かってくる。こんな些細な我侭が嬉しい。
ミクの目線からみたがくぽは完璧すぎて。
当人も生い立ちからして完璧であろうと振舞っているのもある。
『気を張らなくてもいいよ』と伝えたいけれど、彼のプライドを傷つけたくない。
そんな心配を始めるとほぼ同時にがくぽの素顔も見えてきた、気がする。
「えへへ、独り占めー」
自分だけが知っている一面。それがまた愛しくて仕方が無い。
膨らみ始めた桜の蕾を見つめていると……膝の上でもぞもぞ頭が動いている。
「あ!そろそろ起きてください!」
既に5分は経過していた。このままでは本格的に眠ってしまいかねない。
「んーーーーやーーーーーーあと3分ーーー……」
「キリが無いですよ!!だめえぇーーー!!」
腿と頭の微妙な攻防戦が始まる。
がくぽが無理矢理寝返りを打つとベンチの背もたれの下に腕を通し、
そのまま腰に抱きつく。
「やーーー!!スカートがめくれちゃいますってーーー!!何するんですか!!」
「離さぬからな……」
「目、覚めてるんでしょ!!」
「……いや、一寸……ホントにこのままでは歩いて帰れぬ……」
「?」
疲労して、寝起きで、下半身に血液が集中しているなんて、
そんな事情はミクには理解できないであろう。
「もうー、どうしたんですかー起きてくださいってばーー!」
ジタバタと抵抗しながら、ミクは膝で頭を揺さぶる。
寝返りを打ったのは失敗だった、がくぽは後悔した。
鼻腔をくすぐる匂いと頬に触れる腿のぬくもり。
「ぬああーあああ!!辛抱たまらんわーーー!!」
「えぇえええええ?!!」
ペロリとその足を舐め上げつつ、下着に手をかける。
「やっ!!ダメ絶対!だめだってーーーーー!!」
「今なら大丈夫だ!人も来ぬ!!」
「無茶ああああー!」
いとも簡単に指が秘所へと辿り着く。
「……なんだ、濡れておるではないか?」
自覚はあった。だから早く帰りたかったのだ。
「ずっと我慢しておったのか……」
自分の耳まで真っ赤になっているのがわかった。
「公共良俗に反しちゃダメだってばぁああああ!!んっ……!」
嬌声を堪える。抵抗をする。今のミクにはその両方を同時にこなす事が出来なかった。
「……」
すっかり指に弄ばれるがままになってしまっていた。
「せめて……もうちょっと……目立たないトコに」
「うーぬ、ではその植え込みの裏で!!」